大学やめました
こんにちは。またまたお久しぶりです。よーだだよ。
突然ですが大学、やめることにしました。
といっても厳密にはまだ退学届け出してないんでまだちゃんと退学した訳じゃないんですけどね。
今までは、「なんとか大学を卒業してそれから働くことを考えよう。大学卒業すれば一つの結果を出すことが出来て自分の自信になるだろう。」って必死にがんばってきたわけなんですが、さすがに3年も2年生をやってるっていうのはね…。てなわけで親との話し合いの結果、大学辞めることになりました。
一つびっくりしたのが、あんなに「大学卒業しなきゃ」って思ってたのが嘘のように大学辞めることをすんなり受け入れられたことと、そのことに若干ほっとしてる自分がいるっていうことなんですよね。今まで大学の勉強好きだから、浪人して受験勉強ももう一度がんばることが出来たし、吐き気に苦しみながらテストに出席したりレポート書くためにパソコン前でウンウンうなってたのはなんだったんだろうと思うほどあっけない終わりだなって思いますよ。本当なんだったろう今までの3年間?
一つ思い当たるのが、今から書く自分の状態が3年間大学に通いながらやっと見えてきたということ。どういう状態かというと、自分はその場その場を対処していく方法では追いつかないほど一瞬一瞬に自信なく、文字通り身も心も削って生きているらしい。だから、一つの落ち込みに対処している間にまた別の落ち込みがやってきて、すぐには帰ってこられなくなってしまうという。それまでは倒れてからの対処方法を行って、それが自分で身につけば落ち込んでもすぐに戻ってくるだろうという算段(?)だったらしい。でも、対処しても対処しても大幅な回復が見込めないから別な対策をした方がいいと主治医も考え方が変わってきたということみたいです。
3年間治療して、対処治療では対処出来ないということがわかったということですね。ハイ。
出来ないということが「わかる」ということだけでも進歩だと主治医の先生が言ってくれるのだけど、こうして文章にすると本当にささやかな進歩だなぁという感じですな。
しかもこれが、大学に通いながらでなきゃわからなかったのか?というところにも疑問が残る。うつ病でADHDだとわかった時点で半期の休学はしたのだけど、もっと長い間休んでもその中でわかったのではないかという感じ。まぁこれはただ単に今になったから出てきた疑問なのだけれども。
まぁ今更過去のことをグダグダ考えてもしようがないのでこれからのことに目を向けてやっていきましょうという感じです。さらっと書くつもりだったけど、文章書こうとするとどうも長くなっちゃうね。
これからは暇になるから←今まで以上に更新頻度を上げたいなーなんて思ってます。できるかな?
でわーん☆ミ
お久しぶりです
すっかりご無沙汰ですね。みなさんお元気ですか。よーだだよ。(おまえが元気かよって感じですが)
一年ぶりでしょうか。全く何も音沙汰なくしばらく何してたのかって感じですね。まぁ、そんなにやらないんならアカウント消せば?って思う人も多いでしょう。でもね、私としては何となくだけど「お休み期間」って感じだったんですよ。何か文章を書くときって言いたいこととか発信したい自分みたいなものがあるんだけど、その自分が揺らいじゃって書くことなくなっちゃったって感じですかね。
まぁでもね、やっとインプット期間が終わってこれからアウトプットしていく時期かなぁと思ったわけですよ。なんでしばらくインプット期間に突入してたのか、なんでアウトプットしていこうと想ったのかはまた別の機会に書くとして、とりあえずまたあーだこーだ書いていくよっていう言明でした。
まぁごゆるりとお待ちくだされ。
お父さんに「言っちゃった」話 ~事件の内容~
こんにちは。
「事件は起きたのです…!」なんて話を引っ張るようなこと書いておいてそこから2ヶ月も更新しないという暴挙に出てしまいすみません。あのときからいろいろあり、ゆっくり文章にまとめるところまでできなかったので許して下さいませ。2ヶ月も経ったという事で事件については一通り落ち着いたため、やっと整理して書けるかなと思いあの時を思い出して書いていこうと思います。
では。事件の内容について。
最初は弟についての話だったんです。
弟は現在高校受験生なんですが、あんまり勉強に身が入らない様子なんですね。なので、母が弟に「数学の勉強やったら?」と言ったら、弟から「(夏休みの宿題も終わったし、塾の宿題もやったのに)何をすればいいの?」と返ってきてとてもショックを受けたという話を、急に母が弟、妹、私が揃っている食卓で話し始めたんです。しばらく母の話を聞いたあと、弟はすぐにごはんを食べ終わり、食卓を離れ、自分の部屋に行ってしまいました。
母の話って結構「自分は不安に思っている」っていうことを相手に伝えることしかしない(だから話し「合い」ではない)ので「だからあなたにこうしてほしいと思っている」とか「私はあなたにどうしてあげたらいいのか?」とかの具体的な話にはならないんですよね。
だから、「こういう理由で今の学力で入れる学校ではダメで、だから数学を今以上に頑張らなければいけない」っていう話は全くせずに「数学を勉強しなさい」って言っても弟にしてみればなぜしなくちゃいけないのかわからないから「なんかお母さんが怒ってるな」としか伝わらかったんだと思います。
そして、みんなの前でこの話をしたということは、母はみんなにこの件について考えてほしかったんだろうと考えた私は、「もっとお母さんはこういう風なことを話した方がいいんじゃない?」という風にアドバイスしました(親に対してアドバイスなんてちょっとおかしな感じですが)。しかし、母は「だって(そういう言い方は)出来ないんだもん」の一言。「えぇ…出来るように頑張ってよ。それを言っちゃおしまいじゃない………」と思っていた所に、私たちが話し始めてからしばらく経って帰ってきた(つまり私たちの話し合いのすべてを聞いているわけではない)父が突っ込みをいれてきたので私がキレてしまった…と事件の概要はこうです。
こういうわけなんですが、なぜ父が突っ込みをいれてきただけでキレてしまったのかというと突っ込みを入れてきた時の父のセリフが問題で「①そんなに責めたらお母さんがかわいそうじゃないか②お母さんはみんなのごはん作るので精一杯なんだからそういう風な言い方ないんじゃないの?③受験の話は弟の問題なんだからあなたが言うことじゃない」という3点が問題だったからなんです。
なんでこの3つに対して私が怒ってしまったのかというと①はその時の父以外の家族の状況を全く分かっていない(話し合いをし始めたのは母で私は「アドバイス」してた)ということ。②は母がごはんを作るのと弟の受験に関する話し合いをするのはまた別の話であるということと、このような論点のすり替えによる反論できない言葉を言ってくるというのは父の説教ではよくあることで、これを言われたことによって私は「また出たよ…」と、うんざりしてしまったということ。③は私の受験の時は全く違っていて父がこうしろああしろと言っていた。そして、私が入学した学校を受験することに対して父は最後まで不満そうだった。ということで、特に③に一番腹が立ってしまったんです。
私の進路に対して父がものすごく口出ししてきたことにその当時怒りを感じていましたが、父には一度も口答えをしたことがなく、ただただその怒りを飲み込んでいたことと、弟の受験には「弟の問題だから他人が口出しするべきじゃない」と比較的見守る姿勢を見せているという私と弟への対応の差がキレる引き金になったんだと思います。
私は今まで、家族や友人も含めた他人に対して怒鳴ったことはありませんでしたが、このことがきっかけでキレてしまい、今まで思っていた父に対する恨み辛みをすべてぶちまけてしまいました。1番ひどいなと思った言葉は「私の20年間を返せ」ですかね。
まぁ、30分くらいは延々私が父に向かって過去の嫌だったことを言い続けていましたが、私もまぁ成人していますのでだんだん冷静になってきて「あれ、もしかして言い過ぎなんじゃね?」と思うようになってきて、そして回りを見渡すと父以外の母、妹が泣きそうな顔でうつむいて私の話をただただ聞いているのが目に入ってきて「うわぁ…やっちまった………」という感じに私の脳内は真っ白になってしまいました……。
一旦冷静になってしまってはもうなにも言えなくなってしまい、怒鳴っていたエネルギーはどこへやら、途端に体の力が抜けて何もかも嫌になってしまい、「もう寝る。」と言って私は自室に引っ込みました。
とりあえずここまでが「事件」の流れです。ここでは私が一方的に父に怒鳴っただけでしたが、やはり怒鳴られた父はどう思ったのか気になり、父ともう一度話すことになるので、次はまたその話を書きたいと思います。
お父さんに「言っちゃった」話 ~どうしてこんなにこじらせちゃったの?~
どっから話した方がいいのやら…
実は私、うつ病を発症したのにはですねADHDという発達障害が絡んでいるんですよ。(「ADHDって何?」っていう人のためにとりあえず一番分かりやすいと思われるサイトを載っけときますADHDとは?|どんな症状なの?|大人のためのADHD情報サイト)
まぁ、子どものときは分かりにくかったんで親は普通の子どもとして育てたんですが、それが「ADHDの子ども」にとっては難しいことばかりなんですよ。でも、親は私が一人目の子どもだったんで「あなたは頑張ればできる子だ」そして「頑張ればできるはずなのになぜやらないの?」というように私に「きちんとしていること」を求めました。だから小学生くらいからずっと「両親は私に何か特別に嫌なことをしてるわけじゃないのになんとなくうまくいかないことが多いなぁ」っていう思いが強かったんですね。
で、今までは「自分が人一倍頑張って頑張ってなんとか親が私に求めていることをこなそうとする」という態度をとることでなんとかなっていたわけですよ。まぁ、小中高の間なんて頑張るものは勉強くらいなんでそれさえやっておけばなんとか親に認められる私でいられたわけなんです。
ところで、私の家の決まり事として「18歳になったら家を出て独り暮らしをする」という決まりがありまして、小さいころからずーっと言われてたことなので当然やりました。
もちろん親が払ってくれるのは「家賃のみ」です。ということはバイトをしなければなりません。そういうわけで、今までほとんど勉強しかしてこなかった(一応普通に部活はやっていましたが)私は大学に入ったら急に勉強×バイト×独り暮らしと3つの皿を回す曲芸師みたいなことをしなければならなかったんです。
そして、ADHDという障害はいろんなことに一度に気が回すことが出来ないという問題があり、学校行って帰って来る間に買い物を忘れ、バイト行く前にごはん作ればいいのに料理に慣れてないから作ることができず、バイトやって帰ってきたらバイト中に怒られた内容を反芻してしまい(一度気になるとなかなか切り換えることが出来ない)結果ごはんを作るのが遅くなり、お風呂が遅くなり、大学の課題も出来ず、寝る前には「あれも出来なかった、これも出来なかった」という悪いことを考えて眠れない。という悪循環が出来上がりました。そして、とうとう心が折れてしまいうつ病を発症する。という感じになっていきました。
しかも、うつ病を患った後、ADHDという障害があるとわかった後も親の態度は変わらず「あんたの将来のために自分で頑張んなさい」ってな感じでした。
さて、今までの内容を振り替えるとうつ病を発症するのに2つの要素が絡んでいると思うんですね。1つめはADHDという発達障害のせいでやるべきことをこなしていくことが普通の人より苦手ということ。2つめは親が私に期待をかけたため人一倍責任感と真面目さを募らせていったということ。この2つはとても相性が悪いです。ただでさえ出来ないことが多いのに気持ちは「もっと頑張んなきゃ、もっと。もっと。」と心に体が伴わない歯がゆい思いを抱いてました。下りのエスカレーターを上っているような感じです。
というわけで、うつ病のことについてはとりあえず薬を飲んみ、ADHDに関してはスキルを身につけて対処法を学ぶという方向で改善が進んでいるはずだったんですがなかなかいまひとつ治りが悪い。そこで主治医に言われたのが「うつ病発症の原因のもうひとつ、真面目さ・責任感の強さを変えていかないとうつ病は治らないし、これからの生活にまた支障をきたします。」ということでした。
ここで、私は「今まで親が私にきちんとしていることを散々求めてきた結果として私は真面目さも責任感の強さも身に付けたのに、なんで私がそれを直していかないといけないわけ?」って思ったんです。うつ病を患う原因の1つは親が作ったものなんだから謝るくらいはしてもいいんじゃない?ってなことです。
1つ言っておくと私は今まで育ててくれたこと、何不自由ない生活と教育を受けさせてくれていることに対してもちろん感謝していますし、親のことは大嫌いで顔もみたくないほど憎んでいるわけでもありません。食卓を一緒に囲み、談笑したりしたいと思っています。だから、これからの私の人生に関して親に何かさせようとか、お詫びに高い買い物をしろとかそのようなことを望んでいるわけではありません。
でも、だからこそ「ごめん」の一言が欲しかった。ただそれだけなんです。ただそれだけなんだけど、それをさらっと言ってしまうことも出来ず(親に対してなんとひどいことを思っているんだという気持ちがある)、かといって黙っていると気持ちがまた重たくなってきてうつ病が治らないという微妙な状態を何ヵ月が続けて来ました。
どうにか親にその事を伝えずに、私は私自身で自分の真面目さ・勤勉さを直そうとしていた矢先、事件は起きてしまったのでした………………
みかん味のポテチ
みなさんは見たことありますか?
今、期間限定で「ポテトチップス みかん味」が発売されてるんです。
パッケージはこんな感じ。
「ポテチのしょっぱさとみかんの甘酸っぱさは合うのか?」という事で買ってきました。上の写真は実物なんですが。
開けてみるとポテチ独特の塩っぽい臭いに混ざって若干の甘酸っぱいみかんの香りが………
でも、実際何の味のポテチか知らされていない状態で匂いをかいでも「爽やかなポテチ…かな?」くらいにしかわからないような気がします。それくらい、みかん要素はほのかなかんじです。
見た目はこんな感じ。
あんまり普通のポテチと変わりありませんね…
ということで、実際に食べてみましょう!
とりあえず、間近でポテチの匂いをかいでみました。微かに甘酸っぱい香りがします。やはりみかん感は発揮されているらしい…!
そして、口に入れる…パクっ!
………!!
……………
………………
………?………??………………………???………………
えーとですね、とりあえず、みかん感は香りより味に出ているようです。最初にみかんの要素である「甘酸っぱさ」が強烈にやって来て(みかん味のパウダーらしきものがついているらしい)その後だんだんポテチのしょっぱさがやって来ます。
で、「おいしいか、おいしくないか」ですが…
とりあえず、私にとってはおいしくないです( ノД`)…
どこが美味しくないポイントかというとポテチのしょっぱさと甘酸っぱさ(甘さではなく、甘酸っぱさというのがポイント)が合わないと思います。すっぱムーチョとかの酸っぱい×しょっぱいのお菓子を食べたことがないのであまり比較は出来ませんが、酸っぱいまでいかず、かといって甘いだけでもない、「甘酸っぱい」という味がしょっぱさと合わないのではないかと思います。
以上。初のレビュー、「ポテトチップス みかん味」のレビューでした。。。
自分が「これは嫌だな」と思うことを他人に伝えるとき
今日、テレビを見ていた。
一緒に食卓を囲んでいた家族は私の他に2人。その二人はどちらも見たい番組がなさそうだったので、私がチャンネル権(まだチャンネル権という言葉を使うのだろうか?)を得て私がリモコンを持ってテレビを見ていた。
突然だが、私はテレビを見るときは字幕を付けて見るのが好きだ(生放送の番組は除く)。番組独自のテロップが入り、字幕表示が多少画面の真ん中寄りになってしまっても字幕付きで見ることが多い。字幕付きで見た方が内容を聞き漏らさずにテレビを見続けることが出来るので「え?今なんて言った?」ということがなくなるからである。画面の絵よりも話の内容の方が重要だと感じるからではないかと思う。
それで今日も字幕付きでテレビを見ていたのだが、急に母が妹に「ねぇ、この字幕いる?」と聞いた。すると妹は「え、私は要らないけど(私)がつけたから……」という返事をした。
私は仕方なく「あ、字幕見辛かった?ごめんね。」と言って字幕を消した。その後は普通に楽しくテレビを楽しんだ。
ここに私は女子社会の「無言の圧力」の闇を見た。
なに言ってんの?こんなやり取り普通じゃん!と思う人が多いと思う。しかし、例えこのやり取りが日常的に使われているにしてもこれは普通の会話ではない。
まず、「ねぇ、この字幕いる?」という質問について。
母の「この字幕いる?」という質問には「私にはこの字幕必要ないんだけどな…」という気持ちが裏に隠れている。そうでない状態でこの問いを発することはないのではないかと思う。(例えば字幕をつけていること自体を不思議に思うのであればその時の問いは「どうして字幕をつけているの?」となるだろう。)
まぁ、他の場合のことはさておき「私にはこの字幕必要ないんだけどな…」と思ったときには普通「この字幕消してくれない?」というお願いが先に来るはずだ。それなのになぜ、自分の要望を言うのではなく、字幕が必要かどうかを母は聞いたのだろうか?
答えは、妹を味方につけるためである。
例えば、「私にはこの字幕必要ないんだけど消してもらってもいいかな?」という問いを発した場合を考える。私が字幕をつけた本人なので私が字幕が必要と感じているのは当たり前だが、食卓にもう一人いる妹もテレビの字幕を必要と感じていた場合は3人の内テレビの字幕が必要だと感じている人が2人になるため、多数決でテレビの字幕をつけたままになるだろう。
逆に妹もテレビの字幕を必要と感じていなかった場合は食卓にいる3人の内テレビの字幕を必要と感じていない人が2人になるため多数決でテレビの字幕は消される。
この、妹の存在がテレビの字幕を消すか否かの決断を左右するのである。
ここに目をつけた母は、自分が声をあげることなく自分の要望を通すことを理由に、妹を味方に出来るかどうかを探るために字幕の必要性について尋ねたのである。妹が「私も字幕を必要としている」という返事が来れば何事もなかったかのようにそのままテレビを見ることになるだろう。しかし、妹が字幕の必要性を否定すれば、それはそのまま私に対する「字幕を消せ」という無言の圧力になる。
親から子への無言の圧力。それも「よく親の言うことを聞く」子どもに対する無言の圧力はこんなもので十分効果を発揮する。「そんなの、親に言われても自分の意見を通せばいいじゃないか」という人も多いと思うが、もし親が「字幕を消してほしいんだけれど」と言ってくれれば、私も「テレビの内容を把握するのに必要なんだ」と話すことができたと思う。しかし、問題は無言の圧力ゆえに相手の人は抵抗しづらいというところである。
これはコミュニケーションではない。強者から弱者への押し付けである。この事をわからずに、無意識のうちにこの押し付けをやってしまう人のいかに多いことか。私の母でさえやっているのだからその下の年代(ちなみに私の母は40代)や、私と同年代の人には馴染みあるものなのではないだろうか。
これは学校や部活、会社などの他人と関わる時に、より頻繁に使われるのではないかと思う。それが家庭内という最もコミュニケーションを取らねばならないところに持ち込まれたということ恐ろしいと思うのである。
もし、今このような自分の意見の通し方をやってる人がいたらその人はまず「無言の圧力」を使っているということだけでもわかってほしい。それさえ分かれば要望を通させてくれた人に感謝が芽生えるはずだ。それだけでも十分救われる。
今回はコミュニケーションをしなくなっている実例をこんな些細な出来事から導いてみた。多くの人は1度でも「?」と思う相手の言動があるのではないだろうか?それはコミュニケーションがなされておらず、「無言の圧力」が起きているからかもしれない。
おじいちゃんとのお茶会に行かなかった私 ~お説教の後考えたこと~
お説教されて何も言い返せなかった私。
このような状況にならないようにするにはどうすればよかったのか、これからはどうしていったらよいのかを考える。
まず始めに一応捕捉しておくと、洗濯物を取り込んだり、お風呂掃除をしたりというような感情を伴わない単純作業は最近は出来る場合が多くなってきた。しかし、あまり会うことがない親族に会ってその場を楽しそうに過ごすのはそれの何十倍もの気力を必要とするものなのである。うつ病は気持ちのやる気とか楽しい気持ち、うれしい気持ちを無くしてしまう病気なので感情を高ぶらせなければならないことはものすごくエネルギーを使うのである。
それをふまえて、まずは「認識のズレをどうするのか」ということである。
母としてはお茶会は「もう長くない祖父に『楽しい思い出』をあげるために絶対に全員揃ってお茶会を楽しい雰囲気で盛り上げなければいけない最重要課題」という位置付けだったが、私の認識としてはお茶会の前の、母や妹の言動から「とりあえず祖父の元気なうちに、みんな(主に息子たち)普段なかなか集まれないからこの機会に集まれる人でお茶でもしませんか」というゆるーい会というものであった。
両者の参加義務の強さの違いは大きなものである。したがって、親から言われた「家族で参加する用事」の場合は「どれくらい大事なものなのか(参加しなければいけない度はどのくらいか)」で、「私が具合が悪くて普通に支度が出来ない状態である場合はどうするのか(私はいかなくていいのかどんな状態でもとりあえず行けばいいのか)」をよくよく聞いておかなければならないだろう。
次に、「あさって出かけられるくらいなら今日の用事にも出られたんじゃないの?」という問い
(そしてたぶんお風呂洗ったり洗濯物取り込んだり出来るならというのも含まれるのではないかと思うのだが)
これには簡単な家事をすることと、人に会いその場を楽しそうに過ごすことの私が感じるしんどさの違いを母に説明しなければならないだろう。
その説明をもちろんお説教のその場ですればいいのだろうが、怒られている状態では思考が止まってしまいとりあえずその場を収めることに意識が集中してしまい、なかなかうまく言えない。後からでも母の機嫌が良さそうなときに話をしてみることは出来るだろう。後だしじゃんけんのようで申し訳ないが言いたいことは言おう。
最後に、根本的な解決策として「寝起きの状態でも出掛けられるようにあらかじめ父方の親族に私がうつ病であることを伝えておく」というものもある。
「今日は具合が悪いので、テンション下げ下げで格好もクチャクチャですいませーん(*´∀`)テヘペロ」で済むのならそれに越したことはない。(こんなテンションなら元気なのかもしれないが)だが、祖父母に心配をかけるのを承知で行った方がいいのか。
いや、祖父母には伝えない方がいいだろう。うつ病がどんな病気か伝えてもわからないだろうし、それを説明しても理解するのが大変であるだろう。そんな労力を費やすなら知らせない方がましだ。まぁ、知らせないでも多少格好がクチャクチャなことや無表情なことはあまり気にしないだろうと思うのでこちらはあまり問題はない。
しかし、問題は伯父家族である。私が伝えていないだけで、実はもう父から伝えているのかもしれないが、全く私の病気のことについて何も触れてこないのでおそらく伝えていないのではないかと思う。
そこで、伝えていない状態で格好がクチャクチャで無表情な私を見たらどうなるだろう?絶対に「どうしたの?」と聞かれるだろう。そのタイミングで「実はうつ病でさ…」と言ったら「あ、申し訳ない、そんな大変なときにわざわざ来てもらって…」と気を使わせることになる。
あるいは「そんなときにわざわざ来なくていいよ。空気悪くなるから。」という悪い印象を持たれるかもしれない。それを避けるために事前に伝えておくのがいいと思うが、相手がうつ病のことを知ってどう思うかということが問題である。
「ちょっと足を折ってしまって」と同じような受け止められかたであればいいのだが相手がうつ病をどのようにとらえているかによって伯父家族の私に対する印象も変わってしまうだろう。これは親に「(私がうつ病って)言ってみたら伯父家族はどう思うかな?」と聞いてみる他はない。
しかし一度、私がうつ病と伝えたことにより、私に対する態度を変えてしまった人もいる。会うことが多い母方の祖父母に伝えたところ祖父は「大変だったな」と言葉をかけてくれたが、祖母は「なにそれ?そんなことたいしたことじゃないでしょ?ちゃんとがんばらなきゃダメよ」と言ってきた。「うつ病」に対する認識のズレである。このようなことがあるので伝える相手は考えなければならない。
本当はこのようなことがないように、社会全体の「うつ病」に対する考え方が変わっていくのが一番いいのだろうが、現実にはまだ難しい。
とりあえず、この一件に関してこれからやるべき課題がわかったのはよかった。このようにもう一度考えることは新しいものの発見につながることがわかった。今後の変化に期待である。